コラム

復興

南三陸町 復興学びのプログラム

みなさん、こんにちは。
今日は、東北あいターンで実施している「三陸お試しツアー」の南三陸町の復興について、ご紹介します。

 

※いまの南三陸町志津川地区の様子です。
 
震災による影響で、人口流出による過疎化が一気に進んでしまった三陸エリアに、移住・定住者、活動人口が、少しでも増えるよう継続的に活動している「東北あいターン」。活動をする上で、決して忘れてはならないことは、震災が引き起こした未曾有布の大災害についてです。私たちは、三陸エリアにお越しいただいた方には、必ず、震災当初の南三陸の様子を、写真等も交えながらお伝えし、防災・減災の学びを共有するようにしています。
 

※3月11日に戸倉小学校の先生、児童たちが避難した五十鈴神社
 
案内する先として、まず「南三陸町・戸倉小学校」をご案内しています。この小学校は、地震直後、校長先生や職員の皆様のとっさの判断で、学校にいた児童91人を小学校から約200メートル離れた「五十鈴神社」への避難を指示し犠牲から逃れられた、奇跡の小学校です。
 
当初、戸倉小学校では、三階建ての校舎の屋上に避難する計画になっていたのですが、屋上も危険!と判断した教員の皆様のとっさの判断が児童の命を救いました。3月11日に戸倉地区を襲った津波浸水高は、なんと20.71メートル!!校舎は全て浸水し、五十鈴神社周辺の本当にごく僅かな部分だけが、津波を免れたという、まさに間一髪の出来事でした。ちなみに、三陸沿岸部では、昔の人達が建てた神社や石碑には津波の浸水がなかったそうです。歴史の教訓が、時代を超えて伝えてくれたことを、私達は忘れてはいけないのですね。。。
 

※現在の戸倉小学校です。高台に建設されました。
 
そして、震災当初の志津川地区にある防災庁舎や志津川地区の様子を、写真を交えながら、現地に出向き、皆さんにお伝えしています。
 

※全て震災当初の写真です。
 
震災から7年が経ち、高台に住居を移転したり、造成工事を行う等、地形が日々日々変わっていく南三陸町。震災当初の面影が無くなりつつありますが、現地で当時の写真を見ながら、町の変化を見る、知る体験は、参加者の皆様に、さまざまな感想が思い巡っていると思います。今回、大学生たちが参加してくれましたが、彼らは震災当初が小学校の世代なんですね!(時の流が早い!!)これからの日本を担う若者たちに、今後も起こるかもしれない天災に対する心構えや、命の尊さを少しでも学んでもらいたいと思っています。
 

 
最後に、おまけ!南三陸町の名物店「松野や」さんで食べた「あんかけそば」。見てください、この大きさ!!これがなんと一人前!!!(笑)大きなにビックリです!!

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