コラム

旅・ひと

移住者 杉浦恵一さん

 
みなさん、こんにちは!
今日は、気仙沼に移住した杉浦恵一さんをご紹介します!
 
「ずっと気仙沼に住むのかと聞かれると、どちらでもいい。」
 
そう話すのは、杉浦恵一さんは、愛知県出身、1986年生まれの現在32歳で、2011年の夏から、気仙沼に住んでいます。高校3年生の冬、事故に遭い、生死を彷徨いました。卒業後、初めてに出ると、その魅力に病みつきになります。

 

 
(手前が杉浦さん)
 
「旅で生きていく方法を見つけたい」
 
そんな思いを抱えつつ、24歳の時、ヒッチハイクで全国を回っていました。東日本大震災が起きたのは、そんな旅の途中のこと。「これはやばい!」直感でそう思いました。支援物資を積んだトラックを走らせ東北へと向かったのは、わずか一週間後。福島県いわき市で支援活動を開始しました。

 

 
その後、旅をしていた時の縁が繋がり気仙沼へ。夏には拠点を構え、住み始めました。気仙沼で生活するようになって、もうすぐ8年になります。2011年11月11日、震災が忘れられないようにと発足したのが、ともしびプロジェクトです。
 
毎月11日にキャンドルに明かりを灯し、SNSで想いを共有することで、「忘れないをカタチに」を表現する活動を続けています。オリジナルキャンドルの製作も行っており、2014年、キャンドル工房の設立による新たな雇用も生み出しました。
 
同年には、気仙沼初のシェアオフィス「co-ba KESENNUMA」を創設しました。
 

 
 

 

 

 

イベントスペースとしても使われていて、地元の人、気仙沼外から来た人が繋がる「場」になっています。キャンドル工房、そしてco-ba KESENNUMAを、ある住職の方が訪れました。
 
「これは現代版の寺だ!弟子入りしたい!」
 
そう言われて初めて弟子を持ち、それがきっかけで仏教に興味を持ち始めます。そして、宗教とはそもそも何だっけ、という問いが生まれました。
 
「自分教を作れるくらいに、ひとりひとりが自分の人生と向き合ったら良いんじゃないかな。俺も寺欲しいな。」
 
そう思い、自らも架空のお寺「他力本願寺」を作りました。ともしびプロジェクトの代表、co-ba KESENNUMAのオーナー、他力本願寺の住職。様々な活動をしてきた彼にとって、震災後は、激動の日々でした。
 
「仕事もしていなかった。結婚もしていなかった。だから、移住をするにあたって、ためらうことは何もなかった。 旅をしていて、その流れで住んだ感じ。」
 

 
今回、杉浦さんとお話をしてみて「移住者」という言葉のイメージが変わりました。移住者は、その土地が大好きで、その場所にこだわって住んでいる。そんなイメージを持たれることが多いように感じます。しかし、必ずしもそうとは限らないのです。杉浦さんは、現在結婚をしていて、子供が3人います。会社も設立しています。気仙沼は好きだけど、こだわっているわけではない。極論、住む場所は、どこだっていい。結婚していても、子供がいても、それは変わりません。「移住」と言うと、どうしても大げさに思えてしまいます。杉浦さんのように、今住みたいところに住む。そういう生き方も、1つの選択肢として確かに存在しています。

 
「1度死んだと思えば、何でもできる」
 

これは、生死を彷徨った経験のある杉浦さんだからこそ、発することができる言葉です。ですが、私たち全員に共通するであろう、「物事は、“今”しかできないし、感じられない」ということが、杉浦さんのお話からひしひしと伝わってきました。大きな決断かもしれません。不安に思うこともあるかもしれません。しかし、その先には「結局、大丈夫」この、一歩踏み出した人にしか分からない気づきが待っているのだと言います。
 
移住を検討している人へ一言メッセージ。
「“分からない”から生まれるものを愉しむこと。自分をどこまでも開いて、受け入れる姿勢を持つこと。そうすれば世界は勝手に広がる、面白くなる。」 杉浦恵一

 
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